2024年6月24日
1970年代学校生活・文房具昭和のくらし

ランドセルで子は育つ

西田小学校郷土資料室見学レポートの続きです。

最強の昭和レトロスポットがご近所にありました

文机の傍らに無造作に置かれたランドセル。
ランドセル

私が買ってもらったものも、
これと同じ、革バンドがついているものでした。
女の子用だったので、赤でしたけどね。

母は、

「みんなでおんなじなんてつまんないねー。
女の子でも黒にしたっていいんだよ」

なんて言っていましたが、

兄はあわてて
「またそんなこと言って!みんなと同じ、が一番いいんだよっ!」
と止めに入りました(^_^;

気の弱い私が
「おまえ、女のクセに黒いランドセルかよ〜」
なんて言われたら、絶対に泣いて帰ってくる、

そう思ったのでしょう。

そんなことより、私は磁石のやつが欲しかったしね。

「磁石なんて、すぐにこわれるんだから、ダメ。
うちはちゃんといいものを買って6年間もたせるんだから」

母に押し切られ、磁石はあきらめ。
色はさすがに赤になりましたけどね。
でも、真っ赤じゃなくて、ちょっとエンジっぽいやつでした。

ほんとはこういうのが欲しかったんだけどなー。

そして、入学式。

やっぱりほぼ例外無く、
男の子は黒、女の子は赤、でした。

でも、一人だけ、いたんです。

昭和40年代に、緑のランドセルの子が。

へー、かっこいい。すごい!

案の定、悪ガキにからかわれていましたが、
その子は負けませんでした。だまって耐えてた。

あんなに言われたら、あのランドセルやめちゃうんじゃないかなー?
と思っていましたが、彼女は使い続けていましたね。

N島T子ちゃん。今でもフルネーム、覚えているくらい
衝撃的でした。

私は、やっぱり女の子は赤じゃなくちゃ、とか
みんなと同じ磁石のやつがいい、とか、
そんな風に思っていた自分が情けなくなりました。

それから4年。

クラスの子たちは、
次々にランドセルをやめて
手提げカバンを持ち始めました。

いいなあ、上級生ぽくて。

自分だけずっとランドセルなんて
いつまでも低学年児みたいでちょっと恥ずかしい。

でも、「6年間持たせるためにいいものを」と
母が張り切って(今思うとムリをして)買ってくれたランドセルです。
そう簡単にお蔵入りさせたくはありませんでした。

最初は「真っ赤」じゃないのがちょっと残念だったけど
成長するにつれ、
本革ならではの渋いエンジ色が自分だけの自慢になったし。

そして、4年前の「緑」のランドセルを思い出して、

よし、たとえ自分一人になっても、ランドセルを止めないぞ、と
心に誓ったのでした。

むしろ、自分一人になった方がかっこいいぞ、と。

かくして、小学校卒業まで
絶滅しかかっていた革バンドのランドセルを
使い続けたのでした。

自分が好きなもの、
自分が選んだものに自信を持つ。

そんなことを教えてくれた母に
今では感謝しています。

おかげで、ブランド物全盛期の時代でも
振り回されずにすみましたからね(^_^;

さて、平成のランドセルはというと…

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うわー、お菓子みたいw

クレヨンみたいな色じゃなくて
淡い品の良い色合いになっているんですねえ。

こういうのなら、中学校に入っても
勉強道具の整理ボックスとして使えそうですね〜(^_^)

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